ヴァーサ号博物館

ヴァーサ号は1628年、処女航海に出ましたが、ストックホルム港で転覆し、沈没しました。その333年後、海底に沈んでいた、この強大な軍艦は引き上げられ、人々の前にその姿が現れたのでした。今日では、ヴァーサ号は世界で最も美しく保存されている17世紀の船であり、ストックホルムの特設博物館で見学することができます。ヴァーサ号は他に類をみないユニークな芸術の宝です。船体には、98パーセント原型を留めたまま残され、何百もの彫刻が施されています。

ヴァーサ号博物館には船自体の他にも、その短命でありながらも長い歴史を描いた様々な展示があります。品揃え豊富なショップ、お食事や軽食、ペストリーが楽しめる人気のレストランもあります。英語でのガイド付きツアーは1日に数回行われます。さまざまな言語の音声ガイドも用意されています。ヴァーサ号についての映画と子供向け映画「ヴァーサ号ピグレット」は毎日複数の言語で上映されています「The Vasa Piglet」。これらのすべてが入場料に含まれています。

ヴァーサ号の世界へ、発見の航海に参加しましょう!

オーディオガイド

ヴァーサ博物館への来館

開館時間:ヴァーサ号博物館

1月2日〜5月31日、9月1日〜12月30日
10:00〜17:00、水曜日10:00〜20:00

6月1日〜8月31日
8:30〜18:00

12月31日
10:00〜15:00

1月1日および12月23日から25日まで休業

営業時間:ヴァーサ号博物館レストラン

レストランの営業時間については、下記のリンクからウェブサイトをご覧ください。

入場料

大人、150クローナ
子供0~18才、無料

入場料には、ガイド付きツアー、ビデオ、音声ガイド、ご自分のペースで見学できるファミリートレイルが含まれています。
9人を超えるグループのガイドツアーは事前に予約していただく必要があります。詳細については予約係までメールでお問い合わせください。bokningen.vasa@maritima.se

ご訪問の前に

当館にはお荷物預かり所がありませんので、大きなバッグをお持ちにならないようにしてください。

ジャンパーやセーターをご持参なさることをお勧めします。ヴァーサ号を良好な状態で保存するために18~20℃の温度に保っています。そのため、外での気温が暖かくても館内は多少寒く感じるかもしれません。

美術館内で写真やビデオを撮ることは私的使用の目的のみにおいて許可されています。

ヴァーサ号博物館への交通ご案内

博物館の住所: Galärvarvsvägen 14, Stockholm

自転車または徒歩にて

ストックホルム市からヴァーサ号博物館まで自転車で約10分、徒歩で約20分かかります。

公共交通機関

ヴァーサ号博物館へは、トラム、バス、フェリーをご利用いただけます。時刻表についてはストックホルムの市内交通案内サイトをご覧ください。

車にて

ユールゴーデン島 (Djurgården)には充分な駐車スペースがありません。ストランドヴァーゲン(Strandvägen)とナルヴァヴェーゲン(Narvavägen)に沿い、ジュルガーズブロン(Djurgårdsbron)橋を渡る前に、さらに多くの駐車場が利用できます。身体障害者用駐車スペースは、美術館の正面玄関外側にあります。

ヴァーサ号について

ヴァーサ号はなぜ建造されたのか?

ヴァーサ号はスウェーデンのグスタフ2世アドルフ王の命により、1626年にストックホルムで約400人の男女によって建造が開始されました。ヴァーサ号は、高さ52メートル、長さ69メートル、重量1200トン、10枚もの帆を掲げることができる3本のマストを備えた頑強な船舶でした。64もの大砲が装備された、ヴァーサ号はスウェーデン海軍随一の重要な軍艦となるはずでした。

沈没

1628年8月10日、ヴァーサ号はトレクローノル城の下にある係留場所から出航しました「Tre Kronor」。砲門が開き、外側を向いたすべての大砲から礼砲が発射されました。その巨大な船はゆっくりと出港しました。しかし、強風にあおられ船は傾いてしまいました。砲門が開いていたため、水が入り、ヴァーサ号は沈没してしまいました。乗船している150人ほどの船員のうち、少なくとも30人が死亡しました。ヴァーサが再び日の目を見たのは333年前のことです。

ヴァーサ号はなぜ沈没したのか?

17世紀の設計者たちは船の安定化を図るための理論的計算方法を採用せず、これまでの経験に従って船を造ったのでした。技術革新(ヴァーサ号の場合、大砲用に2つの包囲型デッキ)を導入するには試行錯誤が必要でした。この設計では、ヴァーサ号は上部が重すぎたために、風の影響でバランスを取ることができませんでした。

ヴァーサ号の発見者

アンダース・フランツェン(AndersFranzén)は幼少の頃からストックホルム諸島の難破船に魅了されていました。17世紀の文献情報に導かれて、フランツェンはモーターボートから海底に沿って四爪錨を使いヴァーサ号を探しながら1954年から1956年の夏を過ごしていました。8月25日、彼と潜水士のペール・エドウィン・フェルティング(Per Edvin Fälting)がベックホルメン沖で船を探していたとき、四爪錨はオーク材でできた大きな物に引っかかったのです。ヴァーサ号が発見されたのでした!

「世界最大の知識パズル」

引き揚げ作業は1957年の秋に始まりました。そして、潜水士らがケーブルを通すことができるように船の下のトンネルを掘りました。1961年4月24日に、その姿を海面に現し、14,000点以上の木製品が復元されました。船体とその部品はすべて個別に保存されましたが、その後、部品は巨大なジグソーパズルかのごとく船舶の元の位置へと戻されました。
ヴァーサ号は今でも当時の様子をそのまま現在へと伝えています。使用されている木材やそのボルトから骨組みや布地まで、船舶をいかにして最良に保存するかについての研究は現在も続けられています。目的:ヴァーサ号が次世代に向けて生き残ること。

ヴァーサ号の歴史とヴァーサ号博物館の研究、および保存作業の詳細については、以下の英語のサイトをご覧ください。